許{間屋

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名産柚餅子之由来  読売新聞社編”お菓子風土記”の抜粋

 ちょんまげ姿の旅商人がすいっとあらわれてもおかしくない程のさびれた旧北陸街道越後福井のバス停留所に近くひっそりと棹物ゆべしの元祖本間屋がある。
ほのかなユズのかおりを淡い甘さに生かした風味は半透明のアメ色でもっちりとかなりの歯ごたえを持ちササぐるみの棹物をササしばりというこしらいも越後らしい。
文政十二年(一八二九年)の冬、豪雪に難儀して居た京の雲水を本間屋初代猶右エ門が助けたお礼にと教えられたのがモチ米をふかし和三盆ミツ(蜜)ユズ皮といっしょにつき上げてササぐるみとするゆべしの製法だった。猶右エ門はこれを領主の長岡藩主牧野備前守に献じ安政五年(一八五八年)には大老井伊直弼から徳川十四代将軍家茂にも献上された。
家茂は降嫁された”和宮”をふりかえり「茶とゆべしは予とおことのようじゃ」と風韻の和を賞し猶右エ門に青銅五貫匁を下された。猶右エ門が屋号を苗字とし、帯刀と牧野家の三ツ葉柏紋を拝領したのは備前守が老中となった文久三年(一八六三年)で桜田門の変から三年後の春である。
同時に御用菓子屋を仰付られ御紋御馬印麻上下及び御紋付木杯を下賜せられ萬延元年、特に村の組頭を仰付られた。
明治三十年拝領の御印を輪とし御紋三ツ葉柏を中央に据て以て柚餅子の商標として農商務省に登録したるものであり、永く御領主の御恩沢を記念するものであります。

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