會津流小出生紙工房かかし

新潟県指定無形文化財小出和紙 技術保持者

雪深い山里阿賀町小出は長い冬の間、降り積もる雪ですっかりと景色が同じくなります。雪は冷たく厳しい反面『雪ざらし』という恵みを与えてくれ、深い山は清冽な水と豊かな薪を与えてくれます。“工房かかし”では原料となる楮を、山中の野性のものから求めると共に、自らも育てております。<量産だけは勘弁してください>

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和紙 | 小出紙 | 日本古式生紙 | 伝統工芸

新着情報  

≪天空からのいただきもの≫工房かかし夫婦展2016  ※新潟県指定無形文化財 小出和紙  『わが社の一押し』


日時:平成28年10月18日(火)〜10月31日(月)Am10:00-Pm6:00
                           ※最終日はPm4:00迄

会場:日報ギャラリー えん 《メディアシップ2階》
   〒950-8535 新潟市中央区万代3-1-1

〜 皆様のお越しを心よりお待ちしております 〜
 會津流小出生紙 工房かかし 渡部敬三・ヱミ


 添付ファイル: 「ご案内」 (101KB)

『森の名手・名人』に認定記念 會津流小出生紙・古式生紙 工房かかし夫婦展開催のお知らせ 『わが社の一押し』

日時:平成27年10月20日(火)〜11月2日(月)Am10:00-Pm6:00
                         ※最終日はPm4:00迄

会場:日報ギャラリー えん 《メディアシップ2階》
   〒950-8535 新潟市中央区万代3-1-1

〜皆様のお越しを心よりお待ちしております〜


 関連リンク: http://niigata-mediaship.jp/event/2f-151020-151102/
 添付ファイル: 開催案内.JPG (5309KB)

平成27年度「森の名手・名人」選定事業において「森の名手・名人」に選定されました。 『わが社の一押し』

国土緑化推進機構が主催する平成27年度「森の名手・名人」選定事業において、森の伝承・文化部門において「森の名手・名人」に選定いただきました。

 添付ファイル: 国土緑化推進機構プレスリリースより (548KB)

會津流小出生紙・古式生紙 工房かかし夫婦展のお知らせ≪天空からのいただきもの≫ 『わが社の一押し』

日時:平成26年10月21日(火)〜11月3日(月・祝)Am10:00-Pm6:00
                            ※最終日はPm4:00迄
会場:日報ギャラリーえん《メディアシップ2階》
    〒950-8535 新潟市中央区万代3-1-1
〜工房かかし夫婦展を開催致します。復元に成功した幻の古代紙
≪マユミ紙≫もご披露いたしますので是非ご来場ください〜


「こちらが≪マユミ紙≫です。正倉院にあった「大聖武」の料紙で、およそ1300年ぶりに蘇らせました。」

 添付ファイル: 9.29かかし夫婦展案内画像.jpg (109KB)

幻の古代紙-マユミ紙-の復元に成功! 『わが社の一押し』

奈良時代、聖武天皇の御代には確かに存在しましたが、平安時代には絶滅したとされます幻の古代紙-マユミ紙-の復元に成功しました。
国立博物館所蔵 国宝・重要文化財に正倉院文書 賢愚(けんぐ)経断簡〈大聖武〉〈中聖武〉というものがあります。料紙には、マユミ繊維が混入していると確認されています。[茶毘(だび)紙]
このマユミ紙は、奈良時代、聖武天皇の御代には確かに存在していた古代紙ですが、早くも平安時代には絶滅し、幻の紙となってしまいました。
この度、新潟・福島の県境で代々紙漉きをしています會津流小出生紙工房かかし8代目渡部敬三(わたなべけいぞう)がこの古代紙の復元に成功しました。

マユミ(真弓・檀)は、ニシキギ(錦木)科に属する植物で、カモシカやクマ、サルの分布と重なる岩山に這うように生息します。野性のものは非常に少なく、その成長も遅いもので、一度切ってしまえば次に紙として漉けるだけの必要量を集めるには数十年から百年近く待たなければいけません。紙料とするには樹皮を用いりますが、皮剥ぎの作業は他の植物に比べて非常に困難を極めます。

文献には、マユミ紙絶滅の記述のみで、理由までは分からないのですが、実際に復元にあたり、それも判明しました。
@植物自体の希少性
A扱い難さ。
他の植物原料で上記@とAをクリアできるものが登場し、とってかわったものと思われます。

文献・資料によれば、マユミ紙の定義そのものですらあやふやで諸説存在し、謎の多い紙とされています。真弓紙はともかく、檀紙に至っては、その名前だけが独り歩きし、マユミ繊維は混入されていない。マユミ紙に関する過情報により、混乱が生じる恐れがあるので、単純にマユミを混入した紙(勿論、マユミだけでは紙はできないため、コウゾに混ぜるということが不可欠になります。冒頭の正倉院文書もマユミ混合紙)ということに徹しました。諸説あるうちのひとつの解釈により復元したもので、出来上がりはまさに茶毘(だび)紙となりました。

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